本シリーズーアルドステロン症ーにも記載しましたが、薬が効かない高血圧の原因としての”ホルモン異常”についてです。
クッシング症候群(Cushing syndrome)
あまり聞き慣れない病名ですね。副腎皮質から分泌されるステロイドホルモンの1種である”コーチゾル”が異常に多く分泌される状態になる病気です。
主に3つの病態があります。
- 脳下垂体腺腫(クッシング病):35%
- 異所性ACTH産生腫瘍:肺がん、気管支カルチノイド、甲状腺髄様癌、胸腺腫、膵癌、卵巣癌など :15%
- 副腎腫瘍・副腎過形成など:50%
1つは、脳下垂体にACTHといって、コーチゾルの分泌を刺戟するホルモンが、この脳下垂体にできる良性腫瘍によって多量に分泌されるためにコーチゾルが多量にされる”クッシング病”です。2つ目は、脳下垂体以外にできた腫瘍によってACTHが多量に分泌される”異所性ACTH症候群”です。3つ目は、 ACTHには依存しないで、副腎皮質そのものからコーチゾルが多量に分泌されるものです。これらを総称してクッシング症候群と呼ぶのですが、下垂体にできたACTH産生腫瘍の場合に限り”クッシング病”として区別します。これは最初に報告した、アメリカの脳神経外科医ハーヴェイ・ウイリアムス・クッシングの名前に由来します。
(出典:By Takuma-sa (Own work) [CC BY-SA 3.0 (https://ja.wikipedia.org/wiki/クッシング症候群, via Wikimedia Commons)
症状
中心性肥満
満月様顔貌(ムーンフェイス)
赤紫皮膚線条(妊娠線様)
高血圧
糖尿病症状
筋力低下
骨粗鬆症
診断のきっかけとしては、体重がしだいに増加して肥満になってくることやそれに伴う生活習慣病っぽい症状(高血圧や糖尿病)で健康診断などで指摘されることが多いと思われますが、最終的にはコーチゾルの血中濃度の測定が鍵を握っています。単なる肥満との違いとして、ムーンフェイスや体幹部がやたら太っている割には手足がスリムであり、お腹などに皮膚にまるで妊娠線の様な赤い線が現れることで気がつかれるかと思います。しかし、医師としてこの病気を思い起こさなければ、診断がかなり遅れることになります。
ACTH産生下垂体産生腫瘍の場合には、1:4くらいで女性に多いと言われれおります。単たる肥満かどうかは注意が必要ですね。
診断
上記のごとく、症状にまず注目することが大切です。
すべてのクッシング症候群でコーチゾルの値は異常高値を示します。
そして、ACTHが高値を示せば、”下垂体腺腫”もしくは”異所性”ですし、ACTHが低値であれば”副腎皮質性”ということになります。
下垂体腺腫の場合には、その大きさは様々です。非常に小さい場合にはMRIなどの画像診断だけでは診断が困難なこともあります。私が経験した症例におきましてもマイクロアデノーマと言って最大直径が10mm以下、あるいは2−3mmのものもあります。この場合には、細いカテーテルを下垂体の近くの左右の静脈(海綿静脈洞)に挿入して、左と右のACTHの濃度の差を比較することによってその存在を推定するなどの精密検査を要することがあります。マクロアデノーマ(最大直径が10mm以上)の場合には、下垂体の造影MRIで大体診断が確定いたします。
異所性ACTH産生腫瘍の場合には、全身の精密検査を要しますし、副腎皮質性の場合には副腎の画像診断で大体診断が確定いたします。
治療
腫瘍の存在が明らかな場合には、それを外科的に切除することになります。
下垂体腺腫の場合には、最新の治療方として、鼻孔からのアプローチで腫瘍摘出できるため患者さんは大変楽になったと思います。ただし、これもその施設の医師の技術的能力によります。小さい場合には、完治も望めますが大きい場合、特に巨大なものでは、再発も多くその場合には、ガンマナイフやサイバーナイフと言った、定位的放射線治療といったかなり特殊な治療法が必要になります。
<経鼻孔的経蝶骨洞下垂体腺腫摘出術>
(術者の許可を得て掲載)
エピソード
もうかなり昔の症例になります。
60歳代の女性で、ACTHが微妙に高値のクッシング病と考えられる方が私の外来に紹介されてきました。MRIの造影検査でも腫瘍がはっきりしません。そこで、左右の海綿静脈洞に鼠径静脈からカテーテルを挿入して左右のACTHの量を全身の静脈の値と比べましたところ、右が左の数十倍高値を示しましたので、右側の下垂体に腫瘍があると診断し、経鼻孔的経蝶形骨洞的下垂体腺腫摘出術という方法で手術いたしました。
結果、直径約1-2mmの白っぽいACTH産生腫瘍をみごと摘出することに成功し、術後もACTHは正常値に復し治癒した症例を経験いたしました。